25年の時をさかのぼる前に「リマスター盤」について、少々話をしたいと思います。
皆さんの中には僕など足元にも及ばない程のオーディオ知識をお持ちの方も多くいらっしゃると思います。でも女性など(決して女性蔑視ではないですよ)音楽を聞くのは好きだけど、マスターやらミックスやら、リマスターやらリミックスやら、アナログやらデジタルやら、PCMやらDSDやら、チンプンカンプン…。
と言う方も意外と多いのではないでしょうか(笑)。
折角の機会ですから、ここでレコーディングから皆様に作品が届くまでのテクニカルなお話を少々させて頂こうと思います。
またその上で今回の「The all songs of WINDY」をお聴き頂ければ、色々と興味深い部分もあろうかと思います。
オーディオマニア上級者の方は、スルーして下さいね(笑)。
皆さんの中には「レコーディング」と言うと、演奏する人が全員集まって「せ〜の」でドーンと一曲録音していると思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
確かにそのような録音もあります。クラシックなどは一般的にその方法ですし、演歌系の歌謡曲やシンプルな編成のバンドなどもヴォーカルを除いた「オケ」に関しては、いまだにその方法も多いです。
ちなみに「オケ」と書きましたが所謂「カラオケ」という言葉は僕がスタジオに出入りする様になった1980年当時は音楽関係者しか知らない言葉でした。歌が入ってない「空のオーケストラ」が語源だと思います。
正式には「マイナスワンミックス」と言われていたのですが(歌が居ないから)何時しか「カラオケ」という言葉は市民権を得て、今では「KARAOKE」として世界で通用する単語になりつつあります。
話は逸れましたが、ポップスのレコーディングではリズムを司るドラムやベース、パーカッション、コードを司る鍵盤楽器、デコレーションに相当するギターやソロ楽器、そして歌やコーラスは別々に録音する事が一般的です。
そして、そのどちらの方法でも全ての楽器や歌はなるべく独立した音(チャンネル)として録音するのが現在の録音方法です。
それは後々に各楽器のバランスや音色を調整しやすいからに他なりません。
一般的に皆さんが「ステレオ」と呼んでいるのが「左右に分かれた2チャンネル」の事を指します。チャンネルとは音の出所と考えて下さい。また録音時には音を録っておく場所(テープやハードディスク上の)と考えて下さい。
最近5.1チャンネルサラウンドなどと言う言葉を耳にすると思います。これは「左右と正面、後ろ側の左右」これで5チャンネルですね。それに低音だけが出るスピーカー(大抵正面に置きます)を合わせた物を言います。なぜ6チャンネルで無く5.1チャンネルかと言いますと、低音だけを担当するスピーカーの発する音が普通の10分の1位の周波数しか再生しないからです。周波数とは音の高低と考えて下さい。
まぁそんな訳で録音方法によらず音は別々のチャンネルに記録されます。
その録音時のチャンネル数も技術の進歩と共に爆発的に増えて行きました。
昔(本当の昔ですよ、1950年代以前とか)は1チャンネルしかありませんでした。それが2チャンネルになり4チャンネルになり8になり16になり…。
ビートルズの時代は4から8、そして16への移行期でした。
WINDYのファーストアルバム(1986年)当時は、24チャンネルテープレコーダーが一般的な時代でした。ただしWINDYのように一人でたくさんのコーラスなどを録音すると当然チャンネルが足りなくなります。そこで同時に2台の24チャンネルテープレコーダーを回すなど苦労してレコーディングしたものです。
そしてこの頃は、レコーディングもアナログテープからデジタルテープへ、また皆さんの元へ届ける製品もアナログレコードからコンパクトディスク(CD)へと代わって行く、まさに端境期の時代だったのです。
ですからWINDYのファーストアルバム「HEART WASH」は、アナログ盤、CD、カセットテープ、という3つの製品がリリースされているのです。なんとラッキーな事でしょう(笑)。
そして、ここで出て来た「アナログ」と「デジタル」という2つの技術が、後々大きな意味を持つのです。
話をチャンネルに戻します。
そうして別々に録音された音(2000年当時で48チャンネル、テープを使わなくなった現在では、ほぼ無限に可能(まぁ250位まではOKです)も皆さんに届けるにはステレオ(2チャンネル)にしなくてはなりません。
CDだろうがiTuneのダウンロードだろうが、イヤホーンを左右の耳に当てて聞きますよね?
スピーカーは左右の2個ですよね?
これは特殊な物を除けば、現在でも音楽はリスナーにはステレオで届けられているという事なのです。
数十から数百の音を2チャンネルにまとめる(バランスや音色を調整して)作業をミックスダウンまたはトラックダウンと呼びます。
そして、そのミックスダウンされたステレオ(2チャンネル)の様々な曲を一枚のアルバム」(CD)に並べる際に、曲によって音量や音色の差が大きすぎて聴き辛くならない様にする作業をマスタリングと呼びます(もちろんその他にも曲と曲の間の長さを決めたり、著作情報を信号にして記録したり様々な事が行われます)。
ミックス(ダウン)とマスター(リング)が全く違う物だという事はご理解頂けましたでしょうか?(笑)
さて、ここからが本題です。
ミックスをやり直す、これが「リミックス」です。バランスに問題があったり、ちょっと雰囲気を変えた感じにしよう!と言うのが元々の始まりだったはずです。
しかし全ての楽器や歌が別々に調整出来る訳ですから、「元には入っていない楽器を足しちゃおうかな…」「ギターがイマイチだから別の人に弾いてもらおうかな…」など、何でも出来てしまう訳です。
仕舞には「歌だけ残してオケ全部代えちゃおうか?!」になり、「サビがもっと聴きたいから曲の構成も変えちゃう?!」 最後には「この曲スローバラードだけど、コンピューターで歌のテンポ早くして、それに合った派手なオケにしてクラブで流そう!」まで行ってしまう様になりました。ここまで来るともはやオリジナルとは別な曲ですね(笑)。
これがクラブミュージック系に見られる最近の「リミックス=ReMix」なのです。要するに「何でも出来る」わけです。
それに対して、マスタリングをやり直す、これが「リマスター」です。
話を簡単にするためにCDに限って言えば、1枚のCDを作るには必ずマスタリングを行う必要があります。
また曲順を変えたり、曲間の長さを変えたりする場合にもマスタリングは必要です。
しかし昨今、有名アーティストなどの古いアルバムが内容は全く同じなのにリマスタリングされています。何故でしょう?
「CDが売れない時代なので、録音費用がかからない『リマスター盤』と言う事で儲けよう!」などと言う理由も無いとは言えません。
また「アナログ盤しか存在しない物をCDにしよう!」と言う理由もあるかもしれません。でもそれならば「リマスター」で無く「CD化!」と言うはずです。
しかも「リミックス」と違って、すでにステレオ2チャンネルになっている曲ですから、楽器を足したり代えたりも出来ません。
皆さんがCDを聴く際に、ちょっと音質つまみをいじって高音を強くしたり、サラウンドスイッチを入れて広がる感じで聴いたりしますよね?
基本的にはその程度の変更しか出来ないのです。ではなぜ今リマスターなのか…。
先程も触れましたが、1980年頃から音の世界はアナログからデジタルへ代わって行きました。当時デジタルは夢の様な世界だったのです。
リスナーの皆さんの立場で考えてみましょう。
アナログ盤は「プチプチ」ノイズが鳴ります。またレコード盤の上を針がこする訳ですから聴けば聴くほどレコード盤は傷ついて行きます。
収録時間もCDに比べるとかなり短く、お気づきになられていたかどうか分かりませんが、中心に向かって針が進むにつれて音が小さくなって行きます。
また「逆位相」と言って、今で言うサラウンドの様な「後から聞こえる様な広がりのある音」を入れると針が飛んでしまいます。
それに対してCDは盤面に光を当てているだけなので、何度聴いても痛みませんし収録時間もだいぶ長くなり、AB面をひっくり返す手間も要りません。
また今では問題になっていますがパソコンなどでデジタル同士のコピーをしても劣化は全くありません。アナログ盤をカセットテープにダビングしていた事を考えれば全く次元が違う話なのです。
レコーディングの現場では更に利便性が増しました。
アナログテープは録音した瞬間から音の劣化が始まります。必要に迫られてチャンネルの入れ替えなどすれば、その度に音は劣化します。
何よりレコーディング中に何百回と再生する度に、テープは傷んで行くのです。再生速度の揺らぎもあります。ノイズもあります。それら全ての事から解放してくれるのが「デジタル」だったのです。いや「デジタル」だったはずなのです。
アナログの音とは「有りのままの音」です。そこで鳴っている音を基本的に全て連続して高音から低音まで収録します。
ただし前述したようにノイズや劣化が伴います。
デジタルの音とは「合理的な音」です。CDで言えば1秒間を44100回に区切り、1と0の2進法で16桁のデータに変換された音です。
また人間の耳には聞こえないであろう超高音と超低音は記録されません。言い換えれば「作られた音」なのです。
しかし正しく使えばノイズや劣化はありません。
どちらが良いのか…。
この論争は未だに続いていますが、僕個人的にはデジタルの利便性を評価してデジタルの方が好きです。
さて1980年代は全ての技術がそうである様に、デジタルサウンドの技術も未完成でした。早い話が性能が悪かった訳です。
しかし技術は日進月歩です。どんどん新しい技術が開発され、ノイズや劣化の無いアナログサウンドと呼べるような素晴しい音に近づいて行きました。
1980年頃に出来た「CD」と言う古いフォーマットを抜け出して、もっともっと素晴しい物が出来るはずだったのです。いや、現に出来つつ合ったのです。
スーパーオーディオCDやDVDオーディオなど、理論上CDなど比べ物に成らない程すぐれた物が登場しました。
本来はこの段階で、このタイミングで旧譜がリマスタリングされるはずだったのです。
しかし世の中は良い音より、簡単と利便性を優先しました。簡単にダウンロード出来るデータの小さな「圧縮音源」などがその最たる物でしょう。
最近iTuneなどで配信されている音などは「大きい音の裏側で鳴っている聞こえなくてもまぁ良いか」的な音は記録しないでデータを小さくしているのです。
新たに登場した優れたフォーマットは、どれも一般に根付く所まで行きませんでした。それと同時にデジタルサウンドは間違った方向に進化し始めたのです。
皆さんはお気づきでしょうか?
1980年代〜1990年代のCDの音量は現在のCDに比べて、聴感上半分以下の音量しか無いのです。正しくは音圧と言うべきでしょうか。
しかしCDに記録されている一番大きい音(ピークレベル)は今も昔もほとんど変わりません。これはどういう事でしょうか。
デジタル技術の発達により「ピークレベルを変えずに聴感上の音量(音圧を)数倍に上げる事」が出来る様になったのです。
デジタルの優れた所に「ダイナミックレンジの広さ」と言う物がありました。
クラシック音楽などは小さい所は本当に小さい音で演奏されます。そして第四楽章!!
盛り上がる所は、それはそれは凄い音量です。この大小の差がダイナミックレンジだと考えて下さい。
アナログでは小さい所はノイズに埋もれてしまい、大きい所は歪んでしまいます。しかしデジタルでは基本的にノイズがありませんから、小さな音は限りなく小さく出来ます。
また大きい所は、ほんの少し先にデータを読み込んで「大きい音が来るから圧縮するぞ〜!」という技術が出来ました。本来ならば良い事ずくめなはずだったのです。
しかしこの技術、逆に言えば「まだまだ大きい所来ないからグッと上げとけ〜!」も出来る訳です。それで「大きい所来るからバレない様にサッと下げろ〜!」も出来る訳です。
これを繰り返すと限りなく常に大きい音で音楽を再生出来てしまうのです。
21世紀に入って、この技術を使った「音の大きさを競う」傾向が強くなりました。いわゆる「音圧戦争」と言う時代です。
常に音圧を上げられた音楽は独特の歪み感を持ち、耳にへばり付くような不快感を伴いました。
さすがに「これはマズい」と気づき始めたミュージシャンやエンジニアにより、今の日本のCDは数年前に比べると、やや正気を取り戻した音量に成りつつあります。
逆に今ひどいのは放送業界(CMなど)でしょう。
いきなり頭を勝ち割られるような音で始まるCMなど、皆さんも聞き覚えがあると思います。
夜中の再放送のドラマなどでは、CMの度にボリュームを下げないと近所迷惑に成りそうな事がよくあります。
ドラマの音声に比べてCMの音量だけが異常に巨大化しているから起きる現象なんです。
先程触れた様に日本では落ち着きつつある「音圧戦争」ですが、今や佳境とばかりにメーターを振らせ続けているのが、K-POPです(笑)。
やはり欧米に対して5年近く、日本に対して3年近く遅れていると言わざるを得ないでしょう。
話を戻します。
今なぜリマスターか…、と言えば新しいフォーマットが期待出来ない事。過度な音圧戦争が終わりつつある事。配信用などの圧縮音源に対抗するため。
又は圧縮されても変化の少ないマスター音源を作るため。技術の進歩により、良心的に使えばアナログに匹敵するか、それを超えた音を作れる様になったため。
そして完全にテープベースの時代が終わり、ハードディスク等のデジタルストレージへのアーカイブの時期にさしかかったため、その作業を兼ねて…。と言う感じでしょう。
ただし、これはあくまで有名アーティストやビッグレーベルでの話です。
では僕がなぜ、今、WINDYをリマスターしたか…。
それはブックレット最終ページに書いてあります(笑)。
長い長いお勉強に成ってしまいましたが、そろそろ1986年に参りましょう!